終活より今活、今でしょ!
こんばんは、暗闇列島です。
今朝、地震のゆっくりした揺れで目が覚めました。
津波の被害は大きくなくて良かったですが、また地震があるかもしれませんので、備えを見直します。
昔、1週間ほどのパッケージツアーの海外旅行に行ったとき、同行した家族連れ(ご両親と娘さんの3名)がいたのですが、よく遺産相続の話をしていました。
ご両親は50代後半ぐらい、娘さんは20代前半ぐらいでしたが、お父さんが繰り返し娘さんに向かって、「お父さんが今死んだら家と土地が残る」「お前は今貯金をしていないけど、お父さんがお前ぐらいの頃は、家を買うお金を溜めていた。」という内容の話をされていました。
周囲に他の人がいるのにそんな話を繰り返ししなくても、と思ったのですが、人はある年代になると遺産相続の話をしたがるものなのでしょうか。
私の親もその一人です。
私は親とあまりうまくいっていないとこのブログで書いてきましたが、
その原因の一つに「遺産相続」の問題があります。
私の父は昔ながらの人間、家長だと思っている人なので、戦後始まった「跡継ぎ以外も平等に相続」
するスタイルは反発があるようです。
私にも、「跡継ぎ(弟)と跡継ぎ以外(私)が同じだけ相続するのは、おかしいと思うだろう。」
と今から十数年前、話してきたことがあります。
それを聞いて、すごく悲しかったです。
同じだけ相続させないと言うのではなく、私を自分の意見に同意させようとしたことがです。
「相続のことがそんなに心配だったら、遺言書を用意すれば?」
と私は答えました。すると、
「いや、まだ遺言は書きたくない。」
と返されました。
遺言を書く意思も固まらない状態なのに、遺産相続の話をする、しかも母や弟のいないところで、です。
私から「私は結婚してこの家を出ていく人間だから、遺産は当てにしていないよ。そんな遺産を残すことより、もっとお父さんたちがお金を使ったら。お父さんたちの面倒は私が見るから。」
と言われることを望んでいたのでしょう。
私に同意を求めるのではなく、父から一方的に
「跡継ぎの弟に全て相続させる。お前は結婚したら、別の家の人間だから。」
と宣言された方がまだ良かったです。
父が私から自分の望む言葉を引き出そうとするやり方をずるく感じて悲しくなりました。
そのことについて父に訴えたことがあったのですが、私の思いは通じていないようでした。
とは言ってもやはり父のお金は父のお金です。
平等な相続をさせたくないのであれば、その意思に従うほかありません。
父が遺産相続の話を繰り返しするのは、自分に注意を引かせたいという思いもあったのでしょう。
逆効果になりましたが。
「終活」という言葉が流行っていますが、自分が死んだ後のことってそんなに心配ですか。
自分の思う通りの臨終なんて、なかなかないのでは?
自分がああしたい、こうしたいと思っていても、自分が亡き後は生きている人たちの良いように
されるでしょう。
遺言書より遺産分割協議書の方が有効になるんですよ。
「終活」より今の生活が大事です。
私の両親を含め、高齢者の方には充実した今を楽しんで生きてほしいです。